2009年08月19日
川古の大楠いにしえトーク(その2)
8月18日(火)。 心待ちにしていた日がやってきました。
「川古の大楠いにしえトーク(古談を聞く会)」の開催日です(^-^)。
空は快晴!暑い一日になりそうだな~ぁ。ワクワク度も増してきましたよ♪
開始時刻の30分前ぐらいから、だんだんと人が集まってこられました。
開始を待つ間に、打ち水大作戦。 子供達が井戸水を使って、会場周辺に水をまいてくれました。
汗びっしょりになったね! それでも元気いっぱいに、何度も何度も往復してくれたね!
おかげで空気がちょっぴり涼やかになったよ~。 みんな、ありがとう!!
本日お話をしてくださるのは、皿宿・郷土史愛好会の原口さん。
なんと!まもなく90歳になられるお方です。
まず私が一番に驚いたのは・・原口さんの背筋のかっこよさ!
(詳細は・・・レポートその3あたりでご紹介します・・笑)
ずっと昔の大楠のこと、大楠の周辺に暮らしてきた人々のこと・・・
いろんなお話が聞けそう! 楽しみですね~。
手作りの地図や、年表、大楠を描く画用紙・・ こちらも色々揃ってますよ~。
さぁ! いよいよ、お話を聞く時間です(^-^)。
まずは、旧長崎街道の一部である大楠公園通り(皿宿通り)をみんなで歩きます。
皆さん、片手に原口さんお手製の地図を持ってます。(この地図が・・これまたすばらしい!!)
*昭和初期には、この通りにどんなお店があったのか。
*この通りで、人々はどんな暮らしをしていたのか。
*今に見る、当時の名残の建物。 今はなき、当時の名残の土地。
それはそれは、色んなお話がどんどん出てきます。(メモが追いつかないほど・・・)
原口さんのお話はもちろん、ご参加くださったご年配者の皆さんからも「宝のお話」が出てくる!出てくる!
そんな中・・・暑さにちょっとバテぎみの子供たちも・・・
・・・その足が、こちらです・・・(笑)
こういう風景が見られるのも、田舎ならではですね♪
さぁ、大楠公園に戻りました。
樹齢三千年の大楠さんの傍で、原口さんのお話をじっくりと伺いますよ~。
(レポその3に、つづく)
ケーブルワンでも、この模様を放送中です。
『CableOne News』
8月19日(水)9時・12時
再放送8月19日(水)19時・20時・24時・24時
20日(木)19時・12時
21日(金)~23時(日)19時・20時・24時・25時
by みずぽん
Posted by 武雄三樹物語 at 10:22│Comments(5)
│語ろう会
この記事へのコメント
こんにちは
とあるご縁で、武雄とシーボルトさんのことを調べています。
が、なかなかうまくいかず困っています。
シーボルトさん著の文献(長崎から江戸へ向かう旅の記録みたいな書)に、
武雄で、大きな樟に祠がくっついてるスケッチが
ありまして、それがどこのだか知りたいのです。
で、先日淀姫神社に立ち寄ったのですが、祠は補修中。
でも、なんとなく似ている・・・ような^^;
ちなみに、著書には、武雄界隈では聞いたことのない地名が記してありました。
はたして淀姫神社に、シーボルトさんは立ち寄ったのでしょうか?
それとも川古の大クスには来たとか??
抽象的な内容で恐縮なのですが、史実等ご存知でしたら教えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
とあるご縁で、武雄とシーボルトさんのことを調べています。
が、なかなかうまくいかず困っています。
シーボルトさん著の文献(長崎から江戸へ向かう旅の記録みたいな書)に、
武雄で、大きな樟に祠がくっついてるスケッチが
ありまして、それがどこのだか知りたいのです。
で、先日淀姫神社に立ち寄ったのですが、祠は補修中。
でも、なんとなく似ている・・・ような^^;
ちなみに、著書には、武雄界隈では聞いたことのない地名が記してありました。
はたして淀姫神社に、シーボルトさんは立ち寄ったのでしょうか?
それとも川古の大クスには来たとか??
抽象的な内容で恐縮なのですが、史実等ご存知でしたら教えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
Posted by どっとっと at 2009年08月24日 12:04
どっとっとさん。こんにちは。
立ち寄られたのは、何年頃でしょうねえ?
川古の大楠には楠そのものに奈良時代に行基が刻んだと言われる観音像があったそうです。そして、大楠にくっつくように祠が建てられていたということを、この語ろう会の時にもお聞きしましたよ。
ちなみに、どんな地名がでていたのでしょうか?
今と昔とでは呼び名が違うこともあります。お教えいただければ地元の方にお聞きしてみることもできますが…
武雄市の図書館にも武雄の歴史研究会の方の調査資料がたくさんありますので、何か参考になるものがあるかもしれませんね。
立ち寄られたのは、何年頃でしょうねえ?
川古の大楠には楠そのものに奈良時代に行基が刻んだと言われる観音像があったそうです。そして、大楠にくっつくように祠が建てられていたということを、この語ろう会の時にもお聞きしましたよ。
ちなみに、どんな地名がでていたのでしょうか?
今と昔とでは呼び名が違うこともあります。お教えいただければ地元の方にお聞きしてみることもできますが…
武雄市の図書館にも武雄の歴史研究会の方の調査資料がたくさんありますので、何か参考になるものがあるかもしれませんね。
Posted by yunta at 2009年08月24日 22:15
こんにちは
早速お返事ありがとうございます!
立ち寄り時期、私は今年の梅雨の時期です。
シーボルトさんは江戸時代・・・・でしたよね。
地名は、載っている本が手元にないため、確認中ですが、なんか2文字だったかと記憶しています。
私が淀姫神社に立ち寄ったときに、観光ボランティアの方にお伺いしたのですが、聞いたことない地名だなあとおっしゃってました。
川古の大クスにも祠があったんですね~
語ろう会、事前に知っていたら参加したかったです><
図書館も一度足を運びたいなと思います。
レポートその3、楽しみにしています^^/
早速お返事ありがとうございます!
立ち寄り時期、私は今年の梅雨の時期です。
シーボルトさんは江戸時代・・・・でしたよね。
地名は、載っている本が手元にないため、確認中ですが、なんか2文字だったかと記憶しています。
私が淀姫神社に立ち寄ったときに、観光ボランティアの方にお伺いしたのですが、聞いたことない地名だなあとおっしゃってました。
川古の大クスにも祠があったんですね~
語ろう会、事前に知っていたら参加したかったです><
図書館も一度足を運びたいなと思います。
レポートその3、楽しみにしています^^/
Posted by どっとっと at 2009年08月27日 14:41
たびたびすいません、
地名判明しました。
ODAとなっているそうで。
小田宿(江北)の馬頭観音かも!です。
ちょっと調べてみます。
ありがとうございました。
(お騒がせすいませんでした><)
地名判明しました。
ODAとなっているそうで。
小田宿(江北)の馬頭観音かも!です。
ちょっと調べてみます。
ありがとうございました。
(お騒がせすいませんでした><)
Posted by どっとっと at 2009年08月30日 23:08
ODA…なるほど
長崎街道には、その道沿いにもたくさん神社や祠もありますからね。
いえいえ。どうぞ頑張って下さい!
長崎街道には、その道沿いにもたくさん神社や祠もありますからね。
いえいえ。どうぞ頑張って下さい!
Posted by yunta at 2009年09月02日 14:00